鼻咽腔炎は風邪などの急性期にはのどの痛みとして感じることも多いのですが、急性期を過ぎるとのどの痛みとしては感じなくなることも多いのです。そうなればやっかいなことに自分では鼻咽腔炎とは気づかないうちに、慢性頭痛や肩こり、眼の疲れ、長引く鼻づまり、などの症状が持続することになります。後鼻漏といってねばねばした粘液が鼻とのどのあいだにたまるといった症状として自覚することもあります。
鼻やのどの症状として自覚していれば耳鼻科を受診しますが、そうではないため耳鼻科以外の診療科を受診されていて鼻咽腔炎となかなか気づかないケースもあります。頭蓋内病変(くも膜下出血など)や緑内障などが除外診断された慢性頭痛には慢性鼻咽腔炎を一度疑ってみる必要があります。後鼻漏については慢性副鼻腔炎やほかの疾患でも起こることがあり、また生理的に人間の鼻粘膜は常に粘液を分泌して後鼻漏としてのどに流れているために、後鼻漏を自覚したとしても、それが生理的に正常な範囲におさまるものか病的なものかの判断は耳鼻科専門医でも時として難しいこともあります。
鼻咽腔炎の診断は経鼻ファイバースコープの観察のもとに鼻から細い鼻綿棒に塩化亜鉛液を含ませて鼻咽腔を擦ります。のどから曲がった綿棒(咽頭けんめんし、といいます)で鼻咽腔を擦ることもあります。鼻咽腔炎であれば容易に出血して綿棒に血が付着します。ファイバースコープで観察すると、鼻咽腔の表面にコーティングしたようなテカテカと不自然な光沢があります。塩化亜鉛溶液をしみ込ませた綿棒で擦ることによって診断と治療が同時に可能です。鼻からの場合には天蓋に塗布する為に綿棒を曲げて塗布します。
これをBスポット療法(鼻咽腔(上咽頭)塩化亜鉛塗布療法)といいます。
万能というわけではありませんが、ある種の頭痛や目の奥が痛い、頑固な鼻づまり、肩こり、浮動感といった症状に著効するケースを数多く経験しています。
また病巣感染症といって扁桃や鼻咽腔に慢性炎症があると皮膚や腎臓、関節など離れた臓器に障害が起こることがありますが、Bスポット療法が掌蹠膿疱症やアトピー性皮膚炎、喘息、めまい、自律神経失調症、膠原病などに効果的という報告もあります。
もともとBスポット療法は東京医科歯科大学耳鼻咽喉科の堀口申作名誉教授が提唱された治療法です。ただ医学的根拠が実証されていないということで、学会で取り上げられることなく一部の耳鼻科医の間で語り継がれてきたというのが実際です。ですのでほとんどの耳鼻科ではBスポット療法は行われていないのです。
当院でも膠原病、アトピー性皮膚炎、後述するIgA腎症の患者さんなどさまざまな疾患の方が来院されます。ただしこれは知っておいていただきたい大切なポイントですが、Bスポット療法がなぜ種々の疾患に対して有効であるかはまだわかっていません。上記疾患の患者さんは自覚症状がもし改善したとしても自己判断でBスポット療法だけで治療することはお勧めできません。膠原病内科医や皮膚科医、腎臓内科医といった各診療科の専門医の検査・治療を必ず継続していただくことが必要です。そのうえで補助的な治療法としてBスポット療法を受けていただくということを十分ご理解いただきたいと思います。
堀口先生の原法では1%塩化亜鉛液を用いています。当院では0.2%と1%の2種類の濃度の塩化亜鉛液を用意しています。1%塩化亜鉛液は、塗布するとかなりしみて痛みは強いですが効果が長持ちします。0.2%塩化亜鉛液は多少しみますが1%ほどの痛みはないので風邪など急性炎症が長引きつつあるときや幼小児の治療に用います。
当院ではだいたい15〜16回程度を目安に施行しています。最初は可能であれば週に2回程度の通院で、無理なら週に1回程度の通院で行います。Bスポット療法は最初はすごくしみて出血も多いのですが、炎症が治まるにつれてしみにくくなり通常出血も減ってくるのでご安心ください。炎症の強い方ほどしみる傾向にありますので、そういった方ほどBスポット療法のよい適応といえます。15回施行してコンディションが良くなった場合、無症状となれば終診となりますが、良いコンディションを維持するために数週間に1回程度継続受診する方もいます。施行直後と翌日くらいまで痛みが逆に強くなり、2日後くらいからだんだん調子が良くなってくる場合もあります。
あくまで現段階での私見ですが、耳管開放症や耳管狭窄症といった耳管のトラブルを抱えている患者さんには少なからず鼻咽腔炎が隠れている印象があります。耳管の入り口は耳管咽頭口(じかんいんとうこう)といって鼻咽腔に位置していますからやはりなんらかの関連があるのだと考えています。